トラウマと身体の関係

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トラウマを負うと、脳へのダメージがあり、特に時間の前後感覚、言語活動の低下、情報を選択して取り入れられなくなるといった脳へのダメージがあるということについては、「トラウマと脳の関係」でお話しました。トラウマの記憶が活性化してしまうと、たちまち情報を正しく感じられなくなったりするということになります。

情報を正しく感じられなくなると、身体にはどのような影響があるのでしょう。トラウマの記憶が脳の中で活発に出てくると、当時の危険だった感覚が鮮やかに思い出されます。そうして、過去の危険な出来事が「今現在」も、続いている感覚になり、「安全感」を失ってしまいます。

ここでは、「ポリヴェーガル理論」や「デフォルト状態のネットワーク(DSN)」についても説明を加えながら、トラウマと身体の関係についてお話していきたいと思います。カウンセリングでは、何ができるのかについては、「「自分」を取り戻していくこと」の項目でお話します。

目次

情動と身体のつながりとは?

イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンの唱えた「肺胃神経」の考え方が土台にあります。ダーウィンは進化論で有名な科学者ですが、動物のさまざまな反応を発見し、人間の身体についても多くの発見をしてきました。ヒトを始め、あらゆる哺乳動物の胸痛の身体的構造、生命を維持し、継続させる肺、腎臓、脳、消化器、生殖器にまず注目しました。

「人が他者を嘲笑ったり、せせら笑ったりするときには、相手に面している側の犬歯を覆う上唇が上がるのではないか?」

チャールズ・ダーウィン(1872年)

ダーウィンは、動物と同様、人間も情動の身体的現れを一部共有していることを見いだし、怖い思いをしたときに、首筋の毛が逆立つのを感じたり、激怒して歯を剝きだしにするのは、長い進化の過程の名残として理解したのです。情動は、このようにおもに顔と身体の筋肉を使って表現されます。

そうした顔と身体の動きが、私たちの精神状態や意図を他者に伝達するのです。これは、肉食動物に捕食される対象である霊長類が草原などの自然界に暮らす上でとても重要なことで、危険を知らせるためには恐怖、怒りなどの信号を仲間と共有し、応じて逃げ出したり、戦ったりすることが生き伸びる上で必要なのです。

ダーウィンは、情動の根本的な目的は、生態に安全と身体的平衡を取り戻す動きを起こさせるとし、「肺胃神経(今でいう迷走神経)」の考えを残しています。

「心臓と消化管と脳は、人間と動物の療法で情動の表現と管理に関与する重要な神経である『肺胃』神経を通じて、緊密に連絡を取り合っている。心が激しく興奮すると、内蔵の状態にたちまちその影響が出る。したがって、興奮しているときには、身体のうちで最重要のこれら二つの器官の間には、相互の作用と反作用が多く起こる」

C.Darwin,The Expression of the Emotions in Man and Animals(London:Oxford University Press,1998)「人及び動物の表情について」浜中浜太郎訳、岩波文庫

今現在では、多く知られている神経と身体の関係ですが、このように情動を身体や顔で表現し、身体を管理する神経についてはどのようなものがあるのでしょうか。

身体の状態を管理する“神経系”とポリヴェーガル理論

例えば、お風呂に入っていたり、好きな音楽を聴いたり、布団に入って寝ようとしているとき、そんなリラックスしてモードと、反対に「今からランニングしよう」、はたまた「あと10分で試験が始まっちゃう!」といった、緊張ややる気スイッチが入っているモードのときと、皆さんはどのように身体の状態は違いますか?

リラックスしている状態のときには、呼吸は深く、心臓はゆっくりと動き、胃は緩やかに消化を進める…といった身体を休めるような身体の働きが活発になります。一方で、やる気スイッチや緊張状態のときは、呼吸は浅くて速く、心臓の鼓動も速いし、すぐに動きだせるように腸は中にある便を排出しようとするかもしれません。

このように、身体の状態が精神状態のオンオフと関わっていることは、現在ではよく知られていることと思います。これは、自律神経系といった身体に張り巡らされた神経が信号を送り、身体の各器官に命令を出しているからだと言われています。交感神経は身体のアクセルを担当し、エネルギーの消費の準備をしますし、副交感神経はエネルギーを保存するブレーキの働きをすると言われています。この2つが拮抗して恊働して身体のバランスを保っています。

この考え方は、ノースカロライナ大学のスティーヴン・ポージズが生み出した「ポリヴェーガル理論」でも明らかにされています。ポリヴェーガル理論とは、「多重迷走神経理論」の訳で、多重迷走神経とは、脳や肺、心臓、胃、腸など、多数の器官をつなぐ、迷走神経の多くの枝のことを指します。自律神経は身体の末端に作用する末端神経系で、交感神経と副交感神経の2つに分類されます。

一方で、迷走神経は脳神経(脳に出入りする末しょう神経)に含まれる神経で、体性神経(運動神経と感覚神経)と副交感神経に分けられます。これらはダーウィンの唱えた「肺胃神経」の考え方を土台にしていると言われていますが、安全と危険の生物学的な作用を理解する上で非常に大切な考え方となっています。

安全性の三段階

スティーヴン・ポージズの「ポリヴェーガル理論」では、自律神経系の管理下においては、3つの生理的な状態があるとしています。その3つのうちのどれが引き起こされるかは、安全性のレベルで決まるとしています。

  • 第一段階「社会的関与」:私たちは脅威を感じたときにはいつも、本能的にこの段階に向かいます。身の回りの人々に声をかけ助けや支援、慰めを求めます。ここで働くのは「腹側迷走神経複合体」です。これは、社会的関与を管理していて、脳幹の調節中枢と、顔や喉、中耳、喉頭の筋肉を活性化させる神経の集まりです。この「腹側迷走神経複合体」が機能しているときには、誰かに微笑みかけたら微笑み、同意するとうなずき、悲しい話を聴けば眉をひそめるといった顔、身体の筋肉を動かすことができるのです。表情や声の調子の変化で他者に気が動転していることを知らせることもできます。
  • 第二段階「闘争/逃走」:誰も助けにきてくれなかったり、危険が差し迫ったりしていると生存のためのより原始的な方法に立ち戻ります。私たちは攻撃してくるものを撃退するか、あるいは安全な場所に逃げます。このときに働くのは、もっと古い「大脳辺縁系ほ乳類脳)」です。交感神経系が主導権を奪い、筋肉や心臓、肺を動かします。早口になったり、声が大きくなり、心臓の鼓動も速くなるでしょう。
  • 第三段階「凍結」あるいは「虚脱」:逃げ出せなかったり、押さえつけられたり、閉じ込められたりしたときには、生体は機能を停止して、エネルギーの消耗を出来る限り少なくし、自分を守ろうとします。ここで活発になるのが「背惻迷走神経複合体(は虫類脳)」です。これは横隔膜を超えて胃、腎臓、腸に達していて、全身の代謝を徹底的に減らします。心拍数が落ち、息ができなくなり、消化器官が活動を辞めたり排便が起こります。そうるすことで物事に積極的に関与できなくなり、虚脱状態、凍結(フリーズ)するのです。

トラウマを負った人々は、過剰に警戒して常に「闘争/逃走」状態に居る人もいれば、逃げるべきときに逃げなかったり、自分の身を守るために反論し、反撃せず、「虚脱」あるいは「凍結」状態に陥ってしまします。「社会的関与」の状態を表面的に維持出来る人もいますが、親密な身体の関わりとなると安全な感覚を維持できなくなってしまいます。

トラウマを負った人が回復していくに当たって、この安全性の三段階を考えると、第三段階の「虚脱」または「凍結」状態からひもといて行く必要があるのです。そのため、まずは言葉を使った関わりではなく、身体の麻痺を解いて行くこと。つまり、身体が「安心だ」と感じることが非常に大切だと考えられます。しかし、以下で説明していく「デフォルト状態のネットワーク」の仕組みからそれもまた難しいということを説明したいと思います。

自分に注意を向ける—「デフォルト状態のネットワーク(DSN)」—

さて、私たちが特に何もせず、「ボーッとしている」状態のとき、脳波何をしているか知っていますか?

実は、そのような状態では、脳は「自分自身に注意を向けている」と言われています。「自己認識」、特に感覚的に「自分が存在している!」という感覚を生み出すための脳の領域が活性化すると言われています。2004年、これをルース・レイニアスという精神科医が脳スキャンによって発見し、「デフォルト状態のネットワーク(DSN)」として研究しました。

「身体はトラウマを記録する」の著者である、ベッセル・ヴァン・デア・コーク博士(マサチューセッツ州ブルックラインのトラウマセンターの創立者・メディカルディレクター、ボストン大学医学部精神科教授、国立複雑性トラウマ・トリートメント・ネットワークのディレクター)は、これらの脳の活性諸領域を自己認識の「モヒカン刈り」と呼んでいます。

参考:「身体はトラウマを記録する」ベッセル・ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳、杉山登志郎解説

目のすぐ上から始まり、脳の中央を通って頭の後ろに達する、脳の正中線にある構造になっています。この正中線構造はみな、私たちの自己感覚に関わっています。

  • 後帯状皮質:自分自身の居場所についての身体的感覚を与える、いわゆる、体内GPS。監視塔である内側前頭前皮質と強く結びつき、身体のその他の部分から届く感覚を認識する脳領域。
  • 島:内蔵からのメッセージを各情動中枢に中継する。
  • 前頭葉:感覚情報を統合する。
  • 前帯状皮質:情動と思考を協調させる。

しかし、これらの自己認識の働きは、幼少期(0〜6歳の時期)に深刻なトラウマを抱える慢性的なPTSD患者のスキャン画像とは、非常に異なっているようです。トラウマ患者の脳はこの脳領域の後帯状皮質を除き、ほとんどどれも活性化が見られないようです。つまり、トラウマを負った人の脳では、自分自身を認識できず、内蔵の感覚や情動を伝える脳の領域の働きがストップしていて、自分は誰なのか、という情動や感覚がなくなり、「生きている」と感じる能力を弱めてしまうということなのです。

「自分」を取り戻して行くこと

ここまで見て来たように、トラウマの与える身体への影響、脳との関係は、私たちが生きて行く上で大きな不利益、損失につながることがわかります。自分が何を感じているのか、何者かわからず、麻痺した情動、感覚、取るべき行動が取れないということは、状況に応じて身を守れないということが継続して起こり続けてしまうということです。

何が必要なのかは、一目瞭然で、自分の感覚や自分とは何かという「主体性」を改めて見つけていくこと。それは一朝一夕で叶うことではありませんが、生き延びるためにとても大切なことです。身体を取り戻すこと、つまり内蔵の感覚、身体の感覚の快適な感覚、安全性が確保された状況において、研ぎすませて感じ直すこと。

言葉を介したカウンセリングや心理療法といった方法はその後にきます。トラウマから回復していくためには、身体から脳へというボトムアップの方向で、自分を取り戻して行くこと。ヨガ、マラソン、散歩を何も考えずにします。足の感覚、手の筋肉の張り、耳からきこえる音、目からの情報すべてを一つずつ感じ直すことです。

そうすることで、危険を感じている身体の状態から、安心している状態と行き来できるようになり、安定感を取り戻すことがまず第一歩です。

カウンセリングでは、この身体の感覚を取り戻す作業を一緒に行うことから始め、徐々に安心感をえられるようになってきたら、少しずつ過去の問題に取り組む作業を行います。通常のカウンセリングに加えて、EMDR(Eye Movement Desentisization Reprocessing)や、認知行動療法を用いて治療を行います。

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